2011年1月9日日曜日
集合能力(Rachel Botsman/Roo Rogers著 SHAREを読んで)
この本の意図としてはECOという観点からReCycleやReUseを促すものであった。それ自体に理解できるし、一定の共感を感じることもあった。ただ、今朝見たテレビ番組でこのシェアーという概念を別の角度から再発見した。それは今朝のテレビで自衛隊の近辺や空港の隣接地など重要な土地が中国の投資家から狙われているという話の中で、中国人投資家が「価格は問題ない。私が払えなければ仲間をいくらでも見つけて金をまとめることができる。」と言っていたことである。中国というコミュニティーでこういったことが可能なのは知識としてあったが、ここに大きな強みがあることを再発見した。個の力は大した事がなくてもなくても、あれだけ大きな国がビジネスという概念でひとつとなることができれば太刀打ちできない。昨日の朝日新聞でフランスの人類学者が個人主義が行き過ぎるて民主主義が回らなくなっていると述べていたが、まさにその通りだと感じた。かつて、日本は欧米と比べ個の力はなくとも、個が集まる力により威力を発揮する特長を持っていたはずだか、それらは衰えたのか成長しなかったのか現在においてはあまり感じることができない。ただ異なるのは過去においては個々人がひとつの会社に集まり、個々の個性を押し殺した集団を作り上げていたが、現在必要とされるのは個々のアイデンティティーを大事にしたなかで、個人あるいは会社などのサブ集団がさらに集合する能力が必要とされているのかもしれない。様々な思想や属性という壁に関係なく、ある分野でよりオープンにベクトルをSHAREすることがもっとできないものであろうか。
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